cute boy!


 今時三文小説でも流行らない、そんな台詞で別れた。
 この流魂街が、「また」なんて言葉を奪う世界とも知らず。

「ここが今日からのうちよ。一護」

 母と名乗った美しい女性。
 流魂街で拾われた一護は、子供のいない夫婦に引き取られることになった。

 彼女はとても優しい女性であった。
 一護も、彼女のことが大好きだ。

「一護ぉ〜父さんが帰りましたよー」

 一夜にして子煩悩になったこの男も。
 大きな、熊のような身体で、手を広げて待っている。

 黒崎一心と、真咲。
 流魂街にいた一護を拾い、奇特にも養子に迎えた夫婦である。

「巫山戯るな、このヒゲ」
「おかあさーん!一護が反抗期ですー!」

 それでも執拗に抱きついてくる一心を、一護は渾身の力を込めた腕で押しやった。

「一護はお年頃なのよ」

 にっこり。
 聖母のような笑顔で、一心を諫める。
 一護はこの瞬間、彼女がこの家の権力者であることを知った。

「うう…。これでも父さんは護廷の隊長なのに〜」

 えぐえぐ、と泣き真似をする(しかし涙は出ている)一心の背には、零の文字。
 多くの隊員によって組織される、護廷十三番隊の一つ、零番隊の隊長とは思えない素振りだ。
 それも、零番隊は先鋭中の先鋭であるという。

「……… 悪かったな」

 と、ここで一護が謝らなければ、おそらく一心はずっとこのまま。
 いや、真咲が笑顔という武器を使って、宥めるという手段もあるが、あまりに不憫だと思ったのだ。


 *


 誰もが憧れる白い羽織。
 だが、現実を知っているものはみな、嘆息する。

「ねえねえ一心さん」

 猫なで声を上げる男。
 それが愛らしい女性であれば可愛いだろうが、体つきも立派な男にされても可愛くもない。

 浦原喜助。
 以前まで零番隊で副隊長を務めていた彼は、隊長に推薦され、今や十二番隊の頂点に立っている。
 かつての部下であった彼は、随分と親しげである。

「流魂街で子供拾ったって本当っスか?」

 喰えない笑み。
 酒飲み仲間であるこの男は、どうも人を信用させない何かがある。

「それが?」

 黒崎夫婦は仲が良い。
 それは護廷の中で評判になるくらいだ。

「どんな子かと思いましてねえ」

 女の子と聞いています。
 可愛らしいんですって?

 一心は正直であったから、そうだ、と頷いた。

「血のつながりはないが、真咲にそっくりで可愛い」
「ふうん…だったら是非お会いしたいなあ」

 一心は一護のことを思い出し、顔を緩ませた。
 それを気持ち悪そうに見た浦原は、扇で口元を隠すとそう告げた。

「お断りだ」

 一刀両断。
 この場を四字熟語で表すならそうだ。

 今まで浮き名をはせてきた浦原。
 あっちこっちに女を作っては、一月と待たずにぽい。
 可愛い可愛い、一人娘をそんな男の毒牙に掛けるわけにはいかない。

「一護は嫁にださん!異性不純交遊禁止!」
「小さいうちからそんな心配されちゃ、一護さんだって可哀想っスよ」
「一護さん、なんて気安く呼ぶな!穢れる!一護の名前はなあ、俺が漢字をあてたんだからな!」

 ぺぺ、と一心は、浦原を追いやる仕草をする。

「一等賞の一に守護の護。良い名前だろう!だから貴様には会わせん!」
「えー……」

 意味の分からない理屈だ。
 けれど残念だなあ、と浦原は呟いた。


*


「あら、浦原くん」

 貴族が住まう屋敷。
 浦原家と黒崎家のそれは瞬歩で10分ほどの所に位置している。

「おや、真咲さん。こんにちは」

 思いかけず出会った女性に、浦原は頭を下げた。
 彼女は手に、反物を手にしていた。
 蜜柑色の牡丹柄。
 一心がいうには、彼女には針子の才能があって、普段一心が着ている服も、彼女が纏う服も、彼女が繕ったもの。
 明るい、彼女が着るには幼すぎるだろうそれに、浦原は片眉を上げた。

「一護さん、お元気っスか?」
「あら、一護とお知り合い?」
「いいえ。ただ一心さんが遊びに来て欲しいと仰ってましたから」
「そうなの? 暇なら、一護と遊んであげてくださいな」
「…だったら、お言葉に甘えて」

 にやり、と擬音が付きそうな笑みを隠して。
 浦原は黒崎家の敷居を跨いだ。

「あ、おかえりなさい」

 暖簾をくぐって、現れた少女は、淡い桃で染められたような着物を着ていた。
 猫っ毛なのか、あちこちに撥ねた橙色の髪。
 飴色の瞳が、浦原を見ていた。

「……いちご、」

 記憶の中にある少女にうり二つ。

「誰だ?お前」

 一歩、足を引いて。
 一護は浦原を睨み付けている。

「こら一護。挨拶しなきゃ駄目じゃないの」
「… 初めまして」

 一護はそういって、会釈する。
 生意気そうな、鋭い目だと思った。

「浦原くんも、上がってちょうだいね」

 真咲に促され、浦原も草履を脱ぐと座敷に上がる。
 一護がじ、っと伺うように見ていた。

「母さん。俺、庭にいるから」
「浦原くんは一護と遊んでくれるんですって」

 にこり。
 笑顔の武器は、どうやら一護にも有効らしかった。

「それじゃあ、お菓子持ってくるわね」

 奥様、それは私どもが。
 そんな侍女たちの声も聞かず、真咲は浦原を座敷に案内すると奥へと消えた。

「アタシのこと、覚えてない?」
「知らない人を覚えてるわけないだろ」

 確かに真咲に似ている一護だが、内面まではそうでもないらしい。
 流魂街出に相応しい、警戒心は野生の生き物並である。

「君、戌吊出身でしょう?」
「そうだ。それがどうかしたのか」

 物怖じしない。
 こちらに来てから二ヶ月経つというから、瀞霊廷のいろはぐらいは知っているはずだ。
 隊長である浦原を、恐れもしない。
 あくまでも一心の元部下、そして同僚であるからか?

「金色の、きすけ。覚えていませんか?」

 浦原は姿勢を落として。
 卓袱台の向こうがわ、興味なさそうな飴色を覗き込んだ。

「……きすけ」
「そう。なかなか名前を覚えてくれなくて、きんいろ、とばっかり呼んでいたでしょう?」

 ようやく覚えてくれたのは、一護と別れることになった最後の日。
 またね、と約束した。
 その、また、が訪れるなんて思いもしなかった。

「……覚えてる。きすけ。何でお前が知ってるんだ」

 名前を覚えていなかったことも。
 拾われる前の話。
 すっかり忘れていた。
 生きるのに精一杯だったからだ。

「もしかしてお前の子供?」

 この、真咲に浦原くんと呼ばれた男の髪は金色。

「あのねえ」

 浦原は肩を落とした。
 この子、バカなのかな。
 一護には失礼なことを思いながら、浦原は一護の近くに寄る。

「浦原喜助。…アタシの名前ですよ。いちごは、良い漢字を貰ったんスね」

 くしゃ、とあのときは同じ目線だった一護の頭を撫でる。
 あのときから、柔らかく吸い付くような髪は変わらない。

「……きすけ?」
「そうですよ」

 一護の瞳の中に、懐古の光が。
 けれど、その後すぐに一護の眉間に皺が寄る。

「お前じゃない。きすけは、女の子だった」
「…あれは、知り合いに女装させられてたんスよ」

 今でこそ体格は立派になって、背丈だって普通の男よりも高い。
 けれど、昔は女の子のようだったという自覚がある。
 綺麗に化粧をして、女物の着物をきて、柔らかな言葉遣いをしていたせいもある。
 10人中10人が、あのときの浦原を女の子だと言うだろう。

「あら、浦原くん。女装癖なんてあったの?」
「誤解っス!」

 ひょっこり一護の後ろから現れた真咲。
 そのお盆の上には現世の食べ物がある。

「チョコレート?」
「一護が好きなのよ」
「…… そういえば、気に入ってましたねえ」

 何故か現世に通じている志波家の長女。
 彼女と昔なじみの浦原(もちろん女装は彼女の仕業)は、なにかと現世のものを一護に渡していた。
 中でもチョコレートは特に一護のお気に入りだった。

「やっぱり知り合いなの?」
「違う!きすけは可愛い女の子だった!」

 流魂街で。
 幼いながらも、一つの集団のリーダーをしていた一護は、迷い子のきすけの面倒を見ていた。
 もちろん、浦原は迷い子だったわけではない。
 いや、空鶴に女装させられて無理矢理流魂街に放られたのだから、強ち間違いではないのか。

「うーん…信じて貰えないみたいっすねえ」

 今更女装したところで、分かるはずもない(むしろ気持ちが悪いだろう)
 昔は一緒にお風呂に入った仲だ、いっそお風呂でも入るか?(何故一緒に風呂に入っておいて、性別に気付かないのか)

 お風呂。

「そういえば、一護の左内股に、ほくろが2つありましたよね」
「な、何で…」
「信じて貰えました?」

 赤面した一護は、口を開閉させる。
 へえ、と真咲は興味深そうな顔をして、それから、あ、と浦原の向こう側を見た。

「ほう…何故そんな一護の秘めたる場所にほくろがあることを知ってやがる」

 頭に衝撃。
 この霊圧は。

「一心さん……言い方がいやらしいっスよ」
「俺も知らん一護のことを知ってるんだ! 一護は父さんとお風呂には入ってくれないのか?!見せ合いっこしよう!」
「嫌に決まってるだろ」
「そうですよ。何考えてるんだか」
「一護のことに決まっている!」
「変態」

 くだらない。
 浦原はそう視線で伝えると、一護を抱き上げた。
 小さい。
 一心は、最後の一護の一言に傷ついて伏せっている。

「…まさかきすけが、こんなに可愛くない男になるなんて思っていなかった」
「一護はあまり成長しなかったんスねえ」

 あの手を引いていたきすけはどこだ。
 一護は嘆いているようである。

「一緒にお風呂入ります?」
「入るわけないだろ」
「……生意気になりましたね」

 顔を近づけても赤らめもしない。
 その頬を浦原は、一護を片手で抱え直すと引っ張った。

「いひゃい(痛い)!」

 一護も負けじと浦原の頬を引く。
 子供時代に戻ったようだ。

 と、浦原が昔を懐かしんでいると。

「いつまで一護に触ってるんだ!」

 一心の鉄拳を受けて、沈み込んだ。


2007/03/10