sailing the dream


 大きな艦船。
 風に揺らめく。

 海賊船は紺碧の海を駆けた。

「今日も良い収穫でしたね」

 おきまりの悪党の台詞を吐いて、一角は浦原を見た。
 浦原は口元に笑みをたたえて、一角を見やる。
 その飄々とした素振りはいつものこと。

「でも一匹、ネズミが入ってきてるようですねえ」

 船長室に向かうはずの足を止めて。
 一角と浦原は甲板へ向かう。

 騒々しいその場所では、一人の大男が屈強な男達に押さえつけられていた。

「何の用ですか?」

 立てば確実に浦原よりも大きな男は、しかし甲板に押しつけられて這い蹲る。
 それを見下ろした浦原は、腰に差した小ぶりな刀を男の首に突き立てた。

「答え次第ではアナタを始末します」

 男は眉一つ動かさない。
 この状況に恐怖を感じていないのか。

「っチャド!」

 樽が転げる。
 一直線で転がる樽を、足で受け止めて。
 飛び出してきた陰、いやそれが持つ刀を自らのそれで止めた。

「おや、もう一匹、子ネズミがいたんスね」

 小さくて気づきませんでした。
 笑って、先の男よりも幾分も小さな少年を見下ろした。
 刀を打ち付け合う、どう見ても優勢なのは浦原だ。

「チャドを離せ」
「この状況で、どちらに分があるとお思いで?」
「…離せ」

 刀が引かれ。
 おや、と少しだけ体勢が崩れる、その瞬間に。
 浦原の首に突きつけられる、売れば良い値になるだろうと思われる宝剣。
 おそらくこの少年も、同じ。

「チャドを離せ。でないとお前を殺す」

 チャド、と呼ぶのはあの大男。
 離したところで、十数人もの男達が彼らの命を摘み取ることなど容易い。
 けれど浦原は目配せする。

「アナタの要求は何です?」

 チャドと呼ばれた大男が解放されたわけではない。
 浦原がその刀から解放され、一角に羽交い締めにされた少年を見下ろした。

「…… チャドを離せ。話はそれからだ」
「これだから良家のお坊ちゃんはいけない」

 自分の置かれた状況も分からない。
 分からないのか、それとも命の危険を冒してもなお、分からない振りをするのか。
 どちらにせよ愚かに違いない。

「要求次第では受け入れましょ。まあ、親の敵、と言われても易々殺させてはあげませんけどねえ」

 近寄って。
 片手で事足りる顎を捕らえる。
 琥珀の瞳は、光の具合によって時に金に煌めく。

「海賊風情が触って良い方じゃない」

 背中には白刃。
 そのまま口づけても良いと思った顔も、手も引いて。

「三匹とはいえ、容易く進入を許すなんて。なめられたものですね」

 にやりと笑う。
 後ろには、もう一人、この少年よりもいくらかは年上、けれどまだ若い青年が居る。

「その海賊風情に、何の、用?」
「…仲間に、入れて欲しい。貴方が船長でしょう?」

 そう言って、青年は刀を引く。
 浦原は振り向く。
 眼鏡を掛けた青年は、想像に違わずやはりまだ若い。

「そこの二人も一緒に?」
「ああ」
「お断りっスね」

 何でっ、と後ろから声。
 おそらく少年のものだ。

「大きな彼はまだしも、君やそこの子供の細腕じゃ、人手になるどころかかえって迷惑っス」

 頭を掻いて浦原は、ため息を漏らした。
 ここが託児所になった覚えはない。

「どういう事情かは知りませんけどね。アタシ等は海賊なんです。人一人殺したことのないような甘ったれた子供なんてお断りだ」
「人なら殺した」

 見定めるような目で。
 浦原は青年を見る。
 多分この青年ならば、まともな話が出来る気がする。

「僕も、一護も、茶渡くんも。…人を殺すことなら貴方たちよりも長けているかも知れない」

 チャドと音が似ているから、おそらく茶渡があの大きな青年で。
 一護というのが少年の名前なのだろう。

「お尋ね者って事っスか?」
「そう…だな。確かに追われている」
「じゃあアタシが、はい、と言わなければどうするおつもりで?」

 そちらの確率の方が高い。
 第一、船長である浦原に刃を向けたのだ。

「そのまま斬って捨てても構わない。ただ、一護だけは何処かの港に下ろして欲しい」

 青年はそう言って頭を下げる。
 友達、ではない。
 主と従者、と言った方が相応しいのだろうか。

 後ろで少年が、声を荒げる。
 それならば自分も、と。

「引き取りましょ。3人纏めてね。ただ、働かざる者食うべからずって言うでしょ?」
「当然だ」
「それなら話は早い。キミたちも、その子らを離してあげて」

 自由になった少年に、青年とチャドが駆け寄る。
 何の理由で出奔したは知らないが、おそらく少年は良いところの生まれだろう。
 身なりは粗末であるが、素振りは貴族のそれであるし、高そうな宝剣を持っている。

「それで、名前は?」

 先まで浦原と会話していた、理性的な青年は石田雨竜。
 そしてチャドと呼ばれた大男は、茶渡泰虎と。

「一護、だ」

 姓を名乗らないのはやはり、事情ゆえか。
 けれどこの船は素性に拘らない。
 浦原も先代の船長に拾われた孤児であったし、腹心の一角も、何処かの商人の倅であったという。

「では君たち新入りは、厨房で働いてもらうことにしましょ」

 手を叩き、そう纏めて。
 浦原は、新入りとなった3人の青年達を見やった。

「うちは大所帯っスからね。人殺すよりも骨の折れる仕事ですよ」


2006/10/22