蜂蜜色の子猫


01 涙がぽろり


 夜一が猫を拾ってきた。
 猫が猫を拾って良いものなのか、と浦原は思ったが、彼女は元々人間だ。

 子猫の珍しい毛並みは所々赤く染まっていて。
 どうやら大怪我をしていたらしく、夜一が見かねて傷を癒し、連れてきたのだという。

「儂はこれから仕事なのじゃ。帰るまでその子の面倒を見てくれ」

 変な真似はするな、と告げて夜一は姿を消した。
 一応信頼はされているらしい。
 しかしこのまま、この子猫を飼うつもりなのかな、と浦原は思った。
 猫としての喋り相手が欲しいのだろうか。

「とりあえず拭いてあげますかね」

 膝に抱いた、一寸たりとも動かない子猫を。
 温かくしめった布で拭う。
 背に大きく裂かれたような傷跡があって、おそらくこれは夜一の鬼道でも消せなかったのだろう。

 浦原は手を添えた。
 霊力を集中させる。

「…無理っスか」

 癒しの鬼道でもっても、傷は癒えない。

 ぴくり、と。
 小さく猫が身じろぎした。

「…にゃ…」

 起きたのか。
 小さな耳を震わせて、双眸を開く。
 刹那、ぽん、と白い煙。

「…………」

 煙が消えた。
 膝の上に座る子猫に、目を剥いた。
 瀞霊廷の妖しの原因は技術開発局にあり、そう言わしめられた場所の頭であった浦原も、流石にこれには驚いた。

 零れるのではないか、と思う。

 琥珀色の綺麗な瞳からは水が溢れている。
 涙、なのだと気づく。

 ぽろぽろと落ちる。

「何処か痛むんスか?」

 目の前の、襟足が長い橙の髪をした少女の。
 目尻にそっと指を添えて涙を拭う。

「…ちがう…」

 拙い声で、小さな頭を振った。
 その頭には元の姿の時と同じ、ふさふさした耳がある。

「子猫ちゃん。泣かないで」

 少女の頭を優しく撫でた。
 指先で髪を梳く。
 柔らかい。

「…いちご」
「苺?」

 ちがう、と再び拙い声で。

「黒崎、一護…」

 それがこの子猫の名前なのだとようやく悟った。
 名があると言うことは誰かに飼われていたのだろうか。

「一護。泣かないで」

 ぐずる幼子をあやす。
 端から見れば何とも奇妙だろう。

 部下が目にすれば、失神するかも知れない。
 それだけ優しく。
 いつもの冷酷さなんて嘘のように、浦原は一護の頭を撫でて、涙を拭ってやった。

 泣くという行為は案外疲れるものらしく。
 一護と名乗った少女はまた、猫の形に変化して眠った。



2006/10/07