蜂蜜色の子猫


04 ぬいぐるみ


 困ったな、と。
 浦原は腹にしがみつく子供を見てこっそり息を漏らした。

 人見知りの激しい猫そのものの一護は、浦原をいたく気に入ったらしい。
 始めて目にした動くものを母と認識して慕う、それ。
 まだ若いのに微妙な気持ちだ。

「アタシ、仕事なんですよ」

 寝間着代わりの浴衣から、死覇装に着替えた浦原は、困ったように眉を寄せる。
 しかし、頭を腹に押しつけている一護にはそんな表情見えはしない。

「一護。良い子だからお留守番し「いやだ」

 ますます腕に力が込められる。
 離そうと思えば簡単に離すことが出来るが。

 はあ、と再び息を漏らす。

「仕方ないですねえ」

 声音の変わった浦原に驚いて、一護は顔を上げた。
 怒られる?それとも。
 一護の耳が垂れた。

「…そんな顔しないで」

 歪んだ瞳に、浦原は苦笑すると。
 一護の身体を抱き上げる。

「あそこは奇人変人の巣窟ですからね。アタシの傍から離れちゃ駄目ですよ」

 自分のことを棚に上げて、浦原は、屋敷の敷居を跨いだ。
 瞬歩で、隊舎までは20分。

 瞬き変わる景色に、一護は目を回しそうで。
 浦原の首に腕を巻き付けた。

「気持ち悪くないですか?平気?」

 昨日のように隊長室にいるのは稀なこと。
 研究の続きがあるから、と浦原は技術開発局の局長室で、一護の身体を下ろしてやった。
 一護は小さく頷いた。

「危ないものだらけですから、此処にあるものに触っちゃ駄目ですよ」

 だったら連れてこなければ良いのに、と浦原は思ったが、屋敷に一人にするには忍びない。
 研究が滞っていなければ隊舎に連れて行くのだけれど。

「お利口に待っていて下さいね」

 そう言って、昨夜作ったぬいぐるみを手渡す。

「それ、ただのぬいぐるみじゃないんですよ」

 いびつな猫科の動物の形をした、ぬいぐるみはその声に反応して動き始める。
 わあ、と上がる声に笑みがこぼれる。

「おい一護!苦しいだろうが!」

 喋ったぬいぐるみに、一護の目が見開かれる。
 大事そうにぎゅうぎゅうと抱き締めると、いっそうぬいぐるみは苦しそうに暴れた。
 何故喋るのか、という視線を受けて。

「魂魄をね。このぬいぐるみに与えたんです」
「コン、パク」

 良く理解できないらしい。
 腕に込めていた力を少し緩めて、一護はぬいぐるみを見やる。

「だからアナタのお友達です。名前は一護が付けてくれて構いませんよ」
「コン」

 多分、魂魄のコンだ。なんて安易な。
 ええー、とぬいぐるみは不満そうな声を上げた。
 浦原はコンを一睨みした。

「一護。コンと遊んでいらっしゃい」

 と言ってもこの部屋の中だが。
 一護は浦原の言葉に従って、部屋の隅の、妙に片づけられた空間に走り。
 戸惑いがちにこちらを振り向いた。

「有難う…、ええっと…」

 ぬいぐるみのお礼、なのだろう。
 けれど逡巡する。
 その仕草に、ああと、ようやく思い出す。

「そういえば、まだ名乗ってなかったっスね」

 腰を屈めて、一護と同じ視線に。

「浦原喜助。喜助、って呼んで貰えると嬉しいです」

 子猫ちゃん。
 そう言った瞬間、爪を立たれた。

「子供扱いすんなッ」

 ぬいぐるみを嬉しそうに受け取った子供の、耳はピンと立っている。
 可愛い形をしているくせに、言葉遣いは意外と乱暴。
 これは反抗期だろうか。
 浦原は引っかかれた顔を押さえてうめいた。

 子育てというものは難しいようだ。



2006/10/11