蜂蜜色の子猫


09 狐と狸と猫


 鯛焼きを食べ損ねたな。
 あれはなかなか美味しいから、今度喜助に強請ってみようかな。
 でもそうすると、ルキアと一緒に食べられないか、やっぱり止めておこう。

 一護はそんなことを考えながら、屋根の上を歩く。
 何処で昼寝をしようか。
 ふと目に飛び込んできたのは。

 縁側でごろごろ転がる男の姿。
 白い羽織を着ているから、浦原と同じ隊長だ。

 男の目が開いて。
 いや、開いているのか分からない。
 けれど目があった気がした。

「おいでぇ」

 手招きされる。
 狐のような顔だ。
 一護の先祖は妖狐で、昔は猫ではなく狐に転身していたのだ、と教えてくれたのは夜一だったか。

 だから狐には警戒心が無くて。
 一護は屋根から飛び降りると、男の元へ寄った。

「かあいい」

 抱き上げられる。
 知らない人は嫌いだけれど、これは狐だから。

「何て名前なん?」

 一護はみゃあと鳴いてみた。
 この姿の時に人語を話すのも厳禁と言われたから。

「? わからへんわ」

 狐には猫の言葉が分からないらしい。
 残念だ。

「きみ、どこの子? 首輪、よお似合うとるねえ」

 翡翠色の首輪と共に喉を撫でられる。
 野良猫と間違われてはいけないから、猫の姿の時は付けるように、と言われたものだ。

「市丸」

 突然現れた男がこちらを見ていた。
 一護はしっぽを立てる。
 狐は市丸というらしい、けれどそんなことどうでも良くて。

「似合わない組み合わせだね。君が子猫を抱いているなんて」
「失礼なやっちゃな」

 男は眼鏡を掛けている。
 爪を立てたときに邪魔になりそうだな。
 そんなことを思っていると、狐が背を撫でてくる。

「あの人は狸やからなあ。近づいたらあかんよ」

 狸。
 確かにそれっぽい。

 狐と狸は仲が悪い。

「どないな風の吹き回し?」

 狸は狐に団子と手ぬぐいを渡す。
 ふわりと甘い匂いが漂った。

「君にあげたんじゃないよ。その子にあげたんだ」

 手ぬぐいは、足を拭ってあげて。
 どうやら私は嫌われているらしいからね。

 狸は優しい顔をしていたが、狸は狸。

 狐が手ぬぐいで足を拭う。
 土の付いた足では座敷に上がってはならない、というのは一応浦原も言っていることだ。

「君は浦原くんのところの子だね?」

 狸は膝を曲げて一護を見下ろす。
 多少の距離をとっていることに安心して、一護は与えられた団子を食べる。

「浦原はんとこの? 動物を飼う趣味なんてあったんや…」

 意外だ、と狐は漏らしている。
 散歩をしていて分かったことだが、浦原は珍獣のように思われているらしい。
 それから狐は、この猫ちゃんなら分からんでもないけどなあ、とも言った。

「動物というか…その子は人間だろう?」

 一護は驚いて顔を上げた。
 目を瞬きさせる。

「京楽が話していたけど。橙色の髪をした女の子がいる、って」

 京楽、風車をくれた人か。

「お喋りな奴…」

 一護はぼそりと呟いた。
 狐は驚いている、ようだ。

「四楓院のお姫様も猫に転身するじゃないか」

 何を今更、と狸は告げる。
 一護は狸を見上げた。
 穏やかな笑みは変わらない。

「人には戻らないのかい?」

 一護は首を振った。
 駄目だと言われているからだ。

「名前なんて言うん?」
「……一護」
「一護ちゃんか。かあいらしい名前やね」

 また狐に抱き上げられた。
 ふと向こう側を見てみれば。

「喜助」

 狐の腕をすり抜けて。
 浦原の腕に飛び込む。
 突然のことでも、浦原は難なく受け止めた。

「口が汚れてますよ」

 団子を食べていたからだ。
 そっと浦原は一護の口元を拭う。

「一護がお世話になったようで」
「僕は団子をあげただけだけどね」

 狸は肩をすくめていた。 
 狐はとても残念そうな顔をしている。

 一護は浦原の腕の中で一伸びした。
 光が集まる。

「一護!」

 浦原が慌てている、気がする。
 軽快な音がして。
 人型に戻った一護は、ぎゅうぎゅうと浦原に抱きついた。

「ッあれだけ人前で人に戻っちゃ駄目だって言ったじゃないですか!」

 白い羽織が背中に。
 けれど一護は、何故と顔を上げた。
 浦原が居るときは良いんじゃなかったのか。
 耳がぴんと立った。

「浦原はん。お稚児趣味なん?」
「違います」
「お稚児趣味って何」
「気にしなくて良いんです。その格好で外を歩くわけにはいかないですから、猫に戻って下さい」

 ええー、っと不満の声を上げた一護だったが。
 見上げた浦原の眉がつり上がっていたものだから

 また軽快な音がして。

 一護は浦原の肩に飛び乗る。
 それから狐の方に振り向いて。

「またなあ、一護ちゃん」

 一護は手を振る代わりにしっぽを振った。



2006/11/26