蜂蜜色の子猫


11 猫じゃらし


 猫と言えば猫じゃらしだ。
 元は人間、だが猫の姿の夜一もそれが好きでよくじゃれている。
 人間を捨てたな、と内心思っている浦原であったが。

「にゃー!」

 人間姿(といっても耳は猫で、しっぽだって生えている)一護が、猫じゃらしにじゃれついている姿を見て、相好が崩れるのは、止まるはずもない。
 ふわふわとした白色の毛。
 それを上下させるたび、一護の手も伴って上下する。

「…何が楽しんだよ」

 ぼそりと漏らしたコンを踏みつぶす。
 豊満な女性を見るたびに、飛びつく好色ぬいぐるみのくせして。

 一護の手が猫じゃらしを掴む。
 その刹那、小さな手の隙間から滑るようにして逃げる。

「ほらほら」

 こっちへおいで、とばかり。
 猫じゃらしが右へ、そして一護も右へ。

「くそっ」
「ちょっと!」

 けれどそれを何度か繰り返すと、一護は焦れたのだろう。
 猫じゃらしを掴む浦原の手を引っ掻いた。
 猫に転身するせいか、一護の爪は意外に鋭い。

 仕返し、と猫じゃらしで一護の首をくすぐる。
 まるで猫のように、ごろごろと喉を鳴らした。

「ありゃ?」

 しばらくの間そうしていると軽快な音がして。
 一護は子猫姿に戻っていた。
 どうやらこれは、一護にとって不本意らしい。

「………」

 猫の表情は読めないが、何となく不機嫌そうだ。
 着物に埋もれて一護はうう…と唸った。

 霊力が収束する。
 人型に転身しようとしているのだ、と浦原は察して肌襦袢を広げた。

「バカにしてんのか」

 浦原にされるがまま。
 肌襦袢を着終わり小袖に袖を通した一護は、頬を膨らませる。
 未だに制御出来ない転身のことについてだろう。
 浦原がくすりと笑いを零したのは、拙かったらしい。

「してませんよ。猫の姿の一護も可愛いなあ、って」
「!」

 顔を赤らめる。
 恥ずかしそうに背けた一護の頬に、ちゅっと口づけする。

「まだご機嫌斜め?」

 そう言って、今度は無意識に尖らせた唇に。
 ふと気配を感じて。
 浦原が振り向くと、部下である阿近が目をそらしつつ。

「局長……僭越ながら、稚児趣味は少々問題があるのでは…」

 いつからそこにいたのか、と聞けば。
 ほんの数秒前ノックしても返事がなかったので書類を置きに。
 立ち入り禁止の板を掲げるのを忘れていた。
 それがなければ、原則実験室は誰でも出入り可能だ。

「なあ、だからちご趣味って何だ?」

 市丸の所で吹き込まれた単語に反応。
 稚児趣味ってのは、と口を開こうとした阿近を一睨み。

「一護が好きってことです」
「…ふうん」

 納得いかない様子の一護は、それでも顔を赤くして。
 嬉しいのか、一護のしっぽは左右に振れている。

「その……実験のデータ、収集し終わったので、こちらにおいておきます」

 本当は討論したいところがあったのだが。
 一度、その子供と浦原とのスキンシップ(?)を邪魔して酷い目に遭わされた彼だ。
 二度と同じ轍は踏まない。

「いや。アタシもそちらに行きましょう。一護は…そうっスね。お散歩していらっしゃい」

 と思いきや、珍しく浦原は仕事に前向き。
 明日は雪か、と阿近がそう思っていることなど露知らず。
 一護の、膨れた頬にキス。

「ごめんね」

 浦原がそう言うやいなや、橙色の子猫が部屋から飛び出していった。

 果たしてチョコレートで、曲がってしまった機嫌は直るかどうか。



2007/01/14