蜂蜜色の子猫


12 こいしい


 浮竹はその光景を目にしたとき、今すぐに布団に戻りたいと思ってしまった。

「冷たいではないかっ」

 自隊の隊員、同僚の妹であるルキアは袖をまくり裾を膝まで引き上げ。
 雨乾堂にある池で遊んでいる。
 仕事中だぞ朽木。
 そう注意したいのも山々だが、その傍らには。

 先日隊首会で見た、まだ幼い少女。
 人間とは異なる耳があって、妖狐を先祖とする妖しの一族の生き残り。

「ちょっ、待てよ!」

 こちらは全身びしょ濡れ。
 鯉を生け捕りにしてやろうと、まくってもいない腕を池の中に突っ込んでいる。

 ギャーギャー。
 そんな騒がしい声が聞こえたかと思うと、どうやら少女は鯉を捕まえたようだ。

「これ、美味しいと思うか?」

 大きな錦鯉を腕に抱えて。
 ルキアを見上げている。
 高そうな着物がぐちゃぐちゃだな、と頭の何処かで考えた。

「いや、あまり美味しくないと思うぞ」

 その様子を見つめていたらしい、浮竹の副官こと海燕。
 半刻前から姿が見えないと思っていたら!

 離してやれよ、と言う海燕に渋っているようだ。
 人見知りの激しい少女は、どうやら海燕の人好きの臭いを感じ取ったらしい。
 懐いていると言えなくもない。

「……海燕。朽木」
「う、浮竹隊長!」

 腹の底から絞り出した低い声に。
 反応したのはルキアの方で、池の中で直立不動。
 しかし。

「そうだルキア。俺、泳ぐの上手なんだぜ」

 少女は見事なバタ足を披露して見せている。
 猫のような外見と性格をしているのに、水遊びが好きらしい。

 しかしその水しぶきは池の中にいたルキアはおろか、近くの岩に腰を下ろしていた海燕はもちろん。
 諫めるために近づいていた浮竹までも巻き込んだ。

「ッ 仙太郎。浦原隊長を呼んで来てくれ。それから清音。手ぬぐいを持ってきてくれ…」

 怒る気もそげてしまった。
 顔の水滴を拭い、長い髪に水を滴らせた浮竹は。
 嘆息しながら、不思議そうにこちらを見つめ首をかしげる一護を見やっていた。


 それから数分も経たないうちに。
 瞬歩で駆けてきたのだろう。
 雨乾堂にやってきた浦原が、浮竹に目礼をせずに彼の前を通り過ぎ。

「一護!何してるんですか!」
「喜助も遊ぼうぜ」

 的はずれ、ある意味的を射た答えをして。
 間違いなく怒られているのだろう一護は、しかし気にした素振りも見せず。
 浦原の傍に寄って、彼の腕を引く。

 それを見て、浮竹はよく懐いているなと思った。

「なあなあ。今日の夕飯、鯉なんてどうだ」
「おなか壊しますよ」

 未だこの池の鯉を食べることを諦めていなかったらしい。

「ええー。折角うまそうなのに」

 つまらなさそうに、一護の耳が伏せられる。
 浦原はため息を吐いて。

「悪戯ばかりしてたら、屋敷に置いていきますよ」

 自身が濡れるのも厭わずに一護は浦原に抱き上げられて。
 不満そうに頬を膨らませる。

「…そんなこと言ったって、……喜助、遊んでくれないだろ」
「え?」

 ふくれっ面で一護は気に入らないとばかりに浦原の髪を引っ張る。

「…、喜助は、忙しいだろっ …邪魔しちゃ悪いし…」

 口の中で言い淀む一護は、髪を引く手を止めて。
 抱き上げられたことで、ちょうど目の前にある枯草色の髪に顔を埋める。

「寂しかったの?」
「ち、違う!」

 首筋まで赤くして。
 がじがじ、っと頭皮を囓る。

「可愛いなあ」

 イテテ、と声を漏らすものの、浦原の目尻は下がる。
 見たこともないその表情に、浮竹以下その場にいた者は固まるが。

「……違うところでやってくれないか?」

 いち早くそれから立ち直った浮竹は。
 今にも乳繰りあいそうな雰囲気の浦原に、ぼそりとそう告げた。



2007/01/14