蜂蜜色の子猫


13 刺青男's


 橙色の猫は、一護、というらしい。
 らしい、というのは、ルキアから聞いたからだ。
 橙色した猫は、どうやら人間らしい。
 猫に転身出来る能力を持っているらしいが、恋次は人間姿の一護を目にしたことはなかった。

「…あ」

 いちご、と恋次はうっかり発音を違えてしまった。

「…ちっちぇえな」

 背丈はルキアよりも小さい。おそらく冬獅郎ぐらいだろう。
 恋次は思ったままの言葉を口にした。
 口は災いの元。

「何だお前!!」

 息が荒く。
 幾分も大きな恋次を睨みつける、小さな子供。

 あちこち撥ねた橙の毛は柔らかそうだった。

 擬音を付けるなら。

 うがー!!

 と言ったところか。
 迫力はない。

「おーい阿散井」

 後ろから声。
 修兵だ。

「………… なんだ、このチビ」

 恋次の肩から覗き込むようにして、その先を見やった修兵もまた、思うがままのことを口にした。
 子供の耳が、ぴんと立つ。

「俺はチビじゃねえ!!」

 どう見たって小さい子供は、幼い仕草で。
 そうだそうだ、と援護射撃しているのは、肩に乗ったぬいぐるみ…?

 ひょい、と恋次は猫を持つかのように。
 喚くぬいぐるみをつまみ上げる。
 ぐえ、と悲鳴。

「コンを返せ!」
「痛ぇ!」

 どうやらぬいぐるみの名前はコン、というらしい。
 子供は恋次の膝を蹴った。
 地味に痛い。弁慶だって痛がる、その場所だ。
 思わず恋次は手を離して、ぽとりとぬいぐるみは子供の頭に落ちる。

「つーか、お前その耳本物?」

 あ、と恋次が咎める声を上げたのも聞かず。
 修兵は子供の、人間らしからぬ耳に手を伸ばした。

 隊長会議に出席したはずの東仙隊長から聞いていないのか、と恋次は思ったが。
 かの人は盲目だ、一護がどのような姿をしているのか、知らないのだろう。

「いたッ!」

 修兵は、遠慮無しにその耳を引っ張った。
 生えている、と思わなかったからだろう。

「ちょ、檜佐木先輩!やりすぎですよ!」

 本気で痛がっている子供と、恋次の声に修兵は手を離す。
 子供の手は、庇うかのように耳を覆う。
 ぐすぐす、と涙ぐませた。

「大丈夫か?」

 瞳に浮かんだ涙がこぼれ落ちる。
 恋次は中腰になって、優しく頭を撫でてやろうとした。 

「触んな!眉毛野郎!」

 今度は頭を庇うようにして。
 一護は恋次を睨み付けた。
 可愛くない、子供だ。
 ぬいぐるみも負けじと、喚いている。

「変な眉毛しやがって!」
「ぷっ」

 一護の言葉に修兵が笑う。
 人のことは言えない刺青を入れているくせして。

「お前もだ!このロクジュウキュウ!」
「んだとテメ!69って意味分かってんのか!」

 分かっているはずもないだろう。
 穏健派の九番隊にいながら、実は短気な修兵。
 子供相手に怒鳴り散らす様は大人のやることとは思えない。

「第一変な耳つけやがって…猫耳プレイってか!趣味悪ぃな!」

 そんなプレイを子供がやると思うのか。
 恋次は内心そう思った。
 一護の目に、涙が溜まっている。

「おいバカ檜佐木。怒鳴ってんじゃねえ」

 泣き出すか。
 そう思った瞬間、修兵の頭から痛そうな音。

「…阿近」
「あこんさんっ」

 ひょいと修兵の後ろから現れた男に、一護がしがみついた。
 顔見知りなのか。
 そういえば一護は浦原の養い子であるというから、面識くらいあってもおかしくはない。

「何だよ阿近。猫耳つけたのはお前か。この変態」
「それ、局長の前で言えよ」

 局長。
 それは十二番隊隊長を指す言葉。
 一気に理解した修兵は真っ青になっている。

「この男に虐められたのか。可哀想に」

 阿近の手が一護の頭に触れる。
 警戒心もなく、一護は触れさせていた。

「……なんだその違いは」

 修兵もそう思ったらしい。
 ぎり、と悔しそうに歯がみする。
 なんかんだいって、修兵も一護のことが気になっていたのだ。

「…〜 69、覚えてろ」

 次はぎったんぎったんにしてやるからな!!

 可愛らしい顔して口悪く、一護が叫んだ。
 叫んだ後、踵を返して走り去る。
 阿近が笑う。

「檜佐木。相当嫌われたらしいな」

 心底愉快そうに阿近が笑うと、修兵は悔しそうに唇を噛む。
 そして思い出す。

「もしかして、あのときの猫か…?」

 今更気付いたのか。
 恋次の心の内のつっこみを知らないまま、修兵は一護の後ろ姿を見つめた。



2007/03/08