夢十夜


 新月と満月の夜に現れる男。
 その日は決まって虚が出る夜で、一護の持つ死神代行証は情けない声を出す。

「やあ一護くん。元気だったかい?」

 虚を倒して。
 やっと一息、さあ寝ようかと思い始めた時刻にこの男は現れる。
 藍染惣右介。
 ルキアの処刑を企図した結果尸魂界から造反し、世界に立つと宣言した男。

 藍染は何食わぬ顔で、窓枠に手を掛ける。
 鍵が閉まっていても彼には関係の無い話。

「…… この暇人」

 室内に入ってきた男に、一護は眉をひそめる。

 一度しか見たことはないけれど、眼鏡を掛けることで薄れていた酷薄の瞳は露わ。
 何て悪人面なんだ。
 こんな悪人面を見たことがない、と思ったが、そういえば彼の部下であるグリムジョーとか言う奴も悪人面をしている。
 あれは、不良か。

「こんな夜更けに年頃の女性の元へ行くのは、少し気が咎めるのだけど」

 そんなこと微塵にも思っていないだろう藍染に、一護は嘆息した。
 ベッドに腰掛けるのは何となく、本能的に危険な気がして。
 一度浦原に押し倒されたことがあるからだ。
 勉強机の椅子に座った。

「今日も朽木ルキアは居ないんだね」
「お前が来るってのが分かってるからな。精神上衛生に悪いだろ」

 殺そうとしておいて良くもまあ。
 藍染は、ルキア用に置いてある椅子に腰掛ける。

「お前さ、人を真っ二つにしかけておいて、おめおめと顔を出せるよな」

 藍染がどこからか取り出した紅茶セット。
 その白い衣裳は四次元ポケットか、と突っ込んでみたいのだが。
 尸魂界と現世の技術は異なるから可能なのか。
 差し出されたティーカップを手にとって、口を付けた。

「そんな人間とこうしてお茶している君もどうかと思うけど」

 それもそうだ。
 よほど自分は物好きなのだ。
 腰から下を切り落とそうとして、浅かったかな?なんて吐くような男とお茶をしているなんて。

「その中に毒でも入っていたらどうする気だい?」

 その台詞に思わず一護は吹きだしかけて、けれど飲み込んだ。
 気道に入ったせいで、咳き込む。
 丸め込んだ背中を、大きな手が覆う。

「冗談だよ」

 それに入れるとしたら毒じゃなくて媚薬にしておく。
 そう言った藍染は一護の背をやさしく撫でた。

「サ、サンキュ…」

 お前が元凶なんだけどな!
 そう言いたいのを堪えて、礼を言う。
 どういたしまして、と嘘くさい笑みを返された。

「そうだ。一護、グリムジョーに聞いたんだけど」

 不良面した浅葱色なんてやたらと目立つ髪の男。
 やたらと怒鳴る煩わしい男だ、そんな彼に苦戦を強いられる自分も腹立たしい。

「内に虚を飼っているんだって?」
「…… ペットみたいに言うな」

 やはり知られていたのか。
 反骨精神を持っていそうな彼でも一応報告はしているらしい。

「折角だから僕の元に来ないかい?」
「お断りする」

 折角、ってなんだ。
 一護はこれでもかと言うほど眉間に皺を寄せる。
 不快感を露わにしてやった。

 彼の元に行くと言うぐらいなら、まだ平子の方が一護の本質に近い。
 破面は死神の力を得ている虚。
 仮面は虚の力を得ている死神。
 ていうか、この男の元になんて死んだ方がマシ。

「それは残念」

 残念に思っているのかよく分からない声音だ。
 この男は何を考えているのか。
 本当によく分からない。

 敵であるはずの一護の元に現れては、お茶をして帰っていく。

「お前一体何がしたいんだよ。そんなに偉い人になりたいわけ?」
「権力に興味はないんだ」
「ハァ?」

 矛盾している。
 十刃の頂点に君臨する。
 神になり天に立つと言ったのはこの男。

「この世界にも興味がない。…だから僕の興味のある世界に作り替えたいんだよ」
「我が儘な奴だな」

 そのためには天に立ち神に成り代わるのが一番だ、と。
 天上天下唯我独尊。
 藍染のためにあるような言葉だ。

「でも君が僕の傍にいてくれるなら、きっとこの世界にも興味が持てるような気がするんだ」

 つまり一護が彼と共にいるのなら、この野望に終止符が打たれると?
 馬鹿馬鹿しい。

「俺はお前の退屈しのぎにあるんじゃねえんだ。…まあ、こうしてお茶ぐらいはしてやるけどな」
「そうか」

 藍染は今度こそ残念そうな息をついて、一護はそれを見やりながら、紅茶をすすった。



2006/10/22