芸術作品を味わい理解すること


 本匠千鶴。
 正真正銘のレズビアン。
 黙っていれば綺麗な顔立ちをしているのに、変態発言ばかりをする。
 井上織姫という、ちょっと普通の女性に比べて豊満な身体付きをした友人にご執着気味。
 と、ここまでは空座第一高校で知らぬものはいないだろうと思われる彼女のプロフィールだ。

 だが仲の良い友人は知っている。
 千鶴が執着しているのは、織姫だけではないと言うことに。

 ぱっと見た目は不良にカテゴライズされるだろう。
 地毛だという橙色の髪、少し目つきも悪い。
 黒崎一護は、また違った意味でこの高校で、いやこの一帯で有名だ。

「く、ろ、さ、き!」
「?!」

 織姫のボリュームも良いんだけど、黒崎の手のひらにちょっと余るくらいの形重視って所も良いのよね。
 そう呟いて、千鶴の手は一護の胸元に。
 ぐに、と揉まれて一護は目を白黒させた。

「離れんか!この痴女!!」

 すさまじい衝撃が千鶴の頭を走る。
 一護に助け船を出すべく、幼馴染みの竜貴の拳が彼女を見舞ったのだ。

「良いよねえ、黒崎の彼氏は。胸を揉み放だ、ブッ」

 再び千鶴は竜貴の拳に沈んだ。

 織姫の処女をつけねらっていると同様に、どうやら一護のそれも狙っていたらしい。
 だが、鳶に油揚げをさらわれるような真似をされて、一時はいたく機嫌が悪かったと語るのは友人(とは認めたくないらしいが)国枝鈴。
 一護が口に出したわけではない。
 人並み外れて羞恥心を感じる質なのだ。
 首筋に残る所有印を目敏く見つけたのは、やはりというべきか千鶴だった。
 問いつめられ、その姿はまるで刑事と犯人であった、一護は渋々というか、白状した。

 それ以来、千鶴のセクハラは度を増して。
 時にはどこから仕入れてきたのは、大人の玩具…ローターを手渡すこともあった(どうやら一護にはそれが何かと言うことが分からなかったが、いち早く気付いた竜貴が没収した(そして千鶴は殴られた))

「そうだ。黒崎。今日アタシん家に来ない?」

 織姫は来れないっていうんだけどねえ、と千鶴は言った。
 いつの間にそんな話を。
 竜貴は目を光らせたが、一護は気付くはずもない。

「…竜貴も仕方ないから呼んであげる」

 はあ、と心底嫌そうな顔をして。

「そんな言い方されるのむかつくけどさ。一護をアンタの毒牙にかけるわけにはいかないからね」

 竜貴も負けじと、嫌そうにため息を吐いた。



 *



 千鶴の家は、何処にでもある一軒家だ。
 兄弟はいない。
 アットホームな家庭で、どうしたら千鶴のような変態が育つのか、甚だ疑問である。

 千鶴の部屋は二階。
 裕福さを伺わせる、12畳の部屋。
 中央には白いテーブルがあって、窓側にはベッドがある。
 とてもシンプルだけれど、整った部屋だ。

「さ、上がって」

 お邪魔します、と。
 不良に見せかけて、育ちの良い一護は小さく会釈をして部屋に入る。
 制服のままであったから、スカートが乱れないように正座する。
 千鶴の部屋にはいるのは、これが初めてではない。
 テスト期間中、勉強会と称して何度か。
 千鶴の母親はとても明るく元気な人で、どうやら一護のことを気に入ってくれているらしい。

「ちょっと竜貴。家主はアタシなんだから遠慮しなさいよ」

 テーブルの前、一護の隣を図々しく陣取った竜貴に、千鶴は噛みつく。
 キィ、と声を上げた。

「で、何の用で呼んだの」

 一護を挟む形にして座った竜貴と千鶴は、一護を挟む形にしてにらみ合う。
 いつもと変わらぬ光景に一護はため息を漏らした。

「良いもの見せてあげようと思ってさ」

 そう言って、千鶴はTVのスイッチをつけ、メニューをDVDモードに。
 今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい、楽しそうだ。

 青かった画面が暗くなって、またぱっと明るくなる。
 現れたのは下着姿の女性だ。

「ちょっと…」

 嫌な予感がして、竜貴は声を上げる。
 テレビの中の女が微笑んだ。

「AV。見たいと思ったことないの?」

 あまりにあっけらかんとそのDVDの正体を言い放った千鶴に、竜貴は二の句も継げない。
 かといって、じっくり鑑賞するものでもない。

「………」

 言葉を失ったというべきか。
 目の前で全裸になった女性が、ベッドに横たわっている。

「ちゃんと修正してあるビデオだから」

 無修正はちょっとグロいから、お勧めできないわ。
 千鶴はそう言って、一護を見やる。
 顔を真っ赤にさせているのが可愛いな、と思う。
 言葉が乱暴で、喧嘩も強く男にも負けない一護が、こんな表情をしているのだ。

 あぁっん

 艶めかしい声。
 一護は耳まで赤くしている。
 目をそらして。
 けれど気になるのか、時折目線がテレビに向かう。

 食べちゃいたいな。
 一護はその名前の通り、苺のように熟れていた。

「いい加減にしろ!」

 一護を見やり、悦に浸っていた千鶴を激しい痛みが襲う。
 ぶち、とテレビを切られる。
 痛い、と千鶴が見上げた先には、こちらも顔を真っ赤にさせた竜貴が。

 千鶴にヘッドロックをかけようとつめ寄った。
 瞬間。
 ピリリリ、と音がする。

「…あ……」

 俺だ、という声もなく。
 完全に固まった一護が、ぎこちない動きで携帯を取る。
 どうやら電話らしい。
 通話ボタンを押した。

「え、と」

 今何処にいるの?と男の声が通話口から聞こえる。
 それが彼氏という間柄の男だと、話の流れで悟る。
 独占欲の強い男なのだ。

 迎えに来る、らしい。
 彼がかなり年上らしいことは、織姫から聞いたが。

「…悪い。本匠。竜貴も。ちょっと俺用事出来たから…」

 帰るな、と一護は継げる。
 随分と辿々しい。
 いつもの一護に比べて、覇気がない。

「わざわざ寄って貰って悪かったわ。はい、これお土産」

 千鶴はCD-ROMを手渡した。
 その正体を悟り、竜貴はそれを奪う。

「ちーづーるー」
「…下まで送るわ」

 今にも首根っこを掴んできそうな竜貴に、ぱっと表情を変えて一護の肩に手をやる。
 お母さん、みんな帰るってー!
 そう叫ぶことを忘れない。

 一護達が階段を下り、玄関を出て。
 数分も経たぬうちに、真っ赤なビートルが。
 あまりこの辺では見かけない。

「あれじゃ、カーセックスするのに狭そうね」

 ベストはスポーツカーだ。
 千鶴はそうぼやいて、竜貴に足を踏まれることになった。

 運転席から男が出てくる。
 縞帽子を被り、…あれは作務衣?
 随分と車には不釣り合いな格好だ。

 織姫の話通り、かなり年上に見受けられる。
 30過ぎか…35には達してないだろう。

 帽子を脱いで、パサパサと金色の髪が溢れる。
 その頭がこちらに向かって頭を下げた。
 特異な格好の反面、男前だなと千鶴は思う。

 あれが浦原さん。

「じゃあね黒崎。また来週!」

 千鶴は大きく手を振った。
 それを見て、恥ずかしそうに竜貴は、遠慮がちに手を振る。

「お、おう…」

 見るのも不憫なくらいに凝り固まって。
 男の手ずからドアの開いた助手席に乗り込む。
 運転席に乗り込んだ男は、ぼそぼそと一護の耳元で何かを囁いた。

 車が発進する。

「…やっぱり黒崎ってば可愛い」

 ああいう普段は突っ張っている人を、陵辱するのがたまらない。
 千鶴は恥じらいもなく言った。
 竜貴は呆れてものも言えない。

「バイブ突っ込んで、あんあん言わせたら、もっと可愛いと思わない?」
「この変態!!」

 夕暮れとはいえ、外で話すような内容ではない。
 竜貴は思い切り千鶴の耳を引っ張って、大声で怒鳴った。
 だが確かに可愛いかも知れないと、内心思ったのは内緒だ。



2007/02/27