月と陽炎

 呪われた十二番隊。
 それは「隊長たる男がマッドサイエンティストだから」や、「隊長の顔が怪物のようだから」という訳ではない。
 元隊長であった浦原を代表として、十二番隊の隊長であったものは悲惨な末路をたどる。

 浦原から見て先々代の隊長は、何らかの理由によって尸魂界を離反、第一級重罪人として指名手配中。
 先代の隊長は何者かの手によって惨殺された。この犯人は未だ見つかっておらず、迷宮入りしたといっても良い。
 浦原は言うまでもなく、永久追放された。

 偶然といえば偶然だ。
 けれども、人は十二番隊は呪われていると噂するから、それが真実だろうがそうでなかろうが関係がないのだ。

「…あの」

 店先から声がする。
 まだ子供の声だ。男か女か、判断が付かないほどの。

「何でございましょう?」

 テッサイの声だ。
 本当なら店主たる自分が出て行かなければならないけれど、そんな気概は沸かなかった。
 客は死神か、それともただの駄菓子屋と思い尋ねてきた人間か。

「義骸の調子がどうも悪くてさ。ここなら調整してくれるって聞いて」

 死神か。
 義骸に入らなければならないほど、長期任務なのだろう。
 声から判断するには、まだ幼いだろう死神。

「少々お待ち下さい。店長を呼んで参りますので」

 テッサイの近づいてくる音。
 起こされる前に起き上がった浦原は、襖を開けられる前に開けた。

「おや、店長」
「お客さんは?」
「中に入って貰っております」

 そう言ってテッサイは一礼する。
 礼儀正しい男だ。
 彼のそういうところは好ましい。

「お待たせしました」

 襖を開けて、店内に入る。
 色とりどりのお菓子が並べられたそこに、負けぬ色彩を放つ子供。
 男か、女か。

「あの、早速で悪いんだけどさ」
「ハイハイ。義骸の調子ですね」

 頭に残像が過ぎる。
 太陽のような人だと皆から恐れられ、そして慕われていた人。
 間近でその姿を見たことはない、いつも遠目からでその印象はいつも太陽だった。

「長期任務っスか〜。大変っスね。何番隊の方です?」

 小さな手を取る。
 とても細い。
 背に負ぶった、大きな斬魄刀などとても扱えなさそうなほどの手だ。

 大きな斬魄刀。
 そうだ、浦原が護廷入りしたときに隊長をしていた人もまた、大きな斬魄刀を持っていた。
 あいにく隊は違ったが、あの人の下で働けたらどれほど良いだろうかと思った。

「ん〜十二番隊?」
「じゃあ涅隊長ですか。そりゃ大変だ」

 少なくとも自分がいた頃には見たことがない。
 きっと自分が尸魂界を去ってから入隊したのか。
 霊圧も浦原に比べれば赤子のようなものだし、席官ほどの力を有しているわけでも無さそうだ。

 浦原の視界を、橙が踊る。 
 あの人と同じ。
 あの頃は触れられなかった、憧れの人。

「うーん。神経部が巧く結合してないみたいだ。微調整したいんで、義骸から抜けられます?」

 分かった、という声の後に子供の身体から力が抜ける。
 それを易々と受け止めて、次に魂魄となった子供を見た浦原は、目を見開いた。

 霊圧が上がっている。
 ふくれあがったと言っても良い。
 それだけではない。

「…女性だったんスか」
「やっぱり性別の違う義骸に入るのは、拙いのか?それ、一応男仕様なんだよ」
「そりゃあ、完璧には結合しないでしょうねえ」

 大きいわけではないが、年相応の申し分ないほどの膨らみ。
 それを見た浦原は、そういえば身体の線がいくらか細く柔らかくなった、と少女を見下ろした。

「それに限定霊印が付いているのも結合しづらい理由でしょうね」

 よく見てみれば、義骸の首元には限定霊印が付いている。
 微弱にしか感じられなかった霊圧はこれが原因か。
 しかし現世の任務で限定霊印をつけるといえば、隊長格・副隊長格に限られる。
 十二番隊の隊長副隊長は、涅親子だ。この少女がそうであるはずがない。

「うーん。と言ってもなあ…ほとんど抑えられるものって無いのか?」

 魂魄の方にもつけてんの、これ。
 と言って袂をくつろがせようとした少女の手は流石に止めた。
 どこにつけられているか分かったからだ。

「そうですねえ。アナタが正体を明かしてくれるなら、タダで差し上げますけど」
「金やるからさー」
「アナタ、普通の死神じゃないでしょう?」

 少なくともそんなに高い霊圧を持つ者が、護廷で重要な役職に就いていないはずがない。
 それならば自分も知っているはずだ。

「内緒だ。直してくれる気がないなら、義骸返してくれ」

 そう言ってさしのべられた手に、義骸が渡されるはずもなく。

「アナタにずっと聞きたいことがあったんです。黒崎隊長」

 逆にその手を握り込んだ浦原は、視線を合わせるべくかがみ込んだ。
 橙色の髪を持つ人が、この世に二人といるはずもない。

「義骸を返せ」

 これが恐れられる所以。
 立ち上る煙のような霊圧は、怒りを明らかに示している。

「どこぞで油売っとるかと思えば、何しとんねん」

 小さな方に置かれた細い手。
 けれど男のものだ。

「タラコ」
「ちゃうわ!」

 自分にも負けぬ長身の男。
 独特のイントネーションは、狐顔の男と似ているようで少し違うみたいだ。

 侵入者。
 気づかなかったことに内心舌打ちをした。

「義骸はあんたにやるわ。変な目的で使うんやないで。浦原隊長」
「たい、ちょう、って…」
「一護の後の後釜や。いくらニブちんやからって霊圧が普通やないことくらい気付や」
「アナタが、アタシの求める答えですか?」
「さあな?」

 男が一護の身体を引き寄せる。
 引きはがされた。
 食えない笑みだ。
 知らず唇を噛んだ浦原は、さほど視線の変わらぬ男を睨み付けた。

「一つだけ教えといたる。コイツはもう死神やない。追放されても死神であることを捨てきれんアンタと違うんや」

 にい、と男は歯を見せた。
 この気配は、どこかで。
 指先が突きつけられる。
 霊子が集まる。

 虚閃、虚の力。

「平子。帰ろう」

 それが急速に離散した。
 見ると一護の手が、男の手を握っている。

「またの来店をお待ちしております。良い義骸、用意しておきますから」

 一護は振り向いて、一瞥した後またすぐに歩き始めた。
 瞬間、姿が消える。
 せめて遠ざかる後ろ姿だけでも見せて欲しかった、と呟いた浦原は、自室に戻るべく足をすすめた。
 床に寝そべったままの義骸を抱き上げる。

「…あれ?」

 浦原が抱き上げた瞬間、それは原子レベルへと分散した。
 あの男。
 やると言っておいて、さらさらやる気などなかったのだ。
 これを元に新しい義骸を作ろうとした浦原の思惑も筒抜けだったのだろう。

 けれど瞳に焼け付いた鮮明によみがえる橙。
 浦原が精巧な義骸を作りあげるのは、その数日後だった。



2006/09/23