伸ばした手の先の、握った手はあまりに弱々しく。 おそらく自分と同じくらいの年の娘。 「儂と来ぬか?」 きゅ、と。 小さく握りかえされた。 「…お前、何で若いのに爺くさい喋り方なんだ?」 「おぬしとておなごの癖して男のような喋り方じゃろうに」 汚らしい身なりに反して、煌めく髪は美しい橙。 不機嫌そうに口を紡いで、薄汚れた顔で、男を見上げる。 「儂の名は山本元柳斎重國じゃ。おぬしは?」 山本は少し小柄な少女と視線を合わせるため、膝を折る。 「黒崎一護だ」 それが少女、黒崎一護との出会い。 若くして護廷十三隊の隊長に上り詰めていた山本は、一護を自らの妹として、養子縁組し。 その後総隊長として全ての死神を従える身になると共に、一護もまた彼の作った学院に入学、そして瞬く間に一番隊の副隊長の座に上り詰めた。 * 副隊長という任は、意外に重い。 それもそのはず。 一番隊副隊長、とはいえ一番隊は他の十二隊を統べる隊。 一番隊の副隊長というのは、実質他の隊の隊長と同じような責務がある。 「一護ちゃーん」 抱きついてきた二回り大きい男を、蹴り飛ばす。 隊長に就任して早数百年とは思えぬ、落ち着きのない振る舞いには閉口だ。 山本が直々に育て上げた、愛弟子とも言える男が一人。 「隊首会はあっち。つまりお前はあっちだ」 隊首会が行われる予定の部屋の方向を指さして。 一護は、嘆息した。 「そうや。おっさんはあっち行きい」 腰にしがみつく狐は、あまりにしつこいので放置だ。 「っセクハラだよ市丸くん!女性死神協会に訴えてやる!七緒ちゃんも見たでしょ!」 「お前が言うな。ていうか、ギンもあっちだろ」 喚く京楽を、一護は一瞥してから、市丸を引きはがす。 月一の隊首会の度にこれだ。 京楽の部下の七緒は諦めてため息をつくばかりだし、市丸の部下の吉良は毎度青ざめる。 「いやや。一護ちゃんが行かへんなら、ボクも行かへん」 「ったく…隊長のお前等がこれじゃ、他の奴らに示し付かないだろ!」 一番隊副隊長殿の職務は、通常のそれに加えて。 問題児、いやいや個性の強い隊長達の教育係だ。 「よっこらせ」 間抜けな声と共に襲われた急な浮遊感に、一護が白黒させる。 肩に担ぎ上げられて、一護の視界に映るのは十二の文字。 「っ何しやがる!浦原!」 「うーん。一護さんのお尻ってば小ぶりで、なんて可愛らしいんでしょ」 足をまとめ上げられて、一護の臀部はちょうど浦原の顔もと近く。 撫でられて、一護は鳥肌を立てた。 「離せっ この変態!」 「何しとん?!」 「ちょっと浦原くん!」 一護の怒号も、京楽と市丸の罵声も何のその。 浦原は変わらず、いや先よりもいやらしい手つきで撫でる。 「暴れたら頭と床とこんにちは、ですから、大人しくしてください」 と言えども大人しく出来るわけがない。 一護はつり上げられた魚よろしく足をばたつかせた。 どうやら彼は、一護を隊首会に連れて行くつもりらしい。 「あ」 ボトリ。 「ひ…っ」 その悲鳴は誰のものだったか。 たぶん雛森か、吉良のものだったはずだ。 広い廊下に転がるのは、腕が一つ。 「う、腕が!」 動揺する者多数、うち一人は開眼。 当の本人はと言うと。 「取れちゃったじゃねえか、バカ浦原」 至極冷静だ。 下ろせ。 と三文字からなる言葉を告げる。 「一護さん、もしかして…?」 床に足をつけた一護の姿は異形。 左袖が抵抗もなく風に靡く。 「義手だよ。見れば分かるだろ」 涅じゃないんだから、腕が易々取れてたまるか。 「い、いつから!学院の頃にはあったよね?!」 統学院で同期だった京楽も初耳、いや初見らしい。 「ねえよ。もっと言うなら、重國に拾われる前からない」 治安の悪い流魂街に飛ばされたから、斬られた。 はっきり言って致命傷だったのに、よくもまあ生きていたものだと一護は思う。 腕を拾い上げた一護は、えいやっと腕を結合させる。 「それで浦原。俺が言いたいこと、分かってんだろうな?」 「さて?アタシ、お馬鹿ですもの」 「へえ。じゃあその脳みそに叩き込んでおくんだなっ」 そう叫んで卍解。 とっさに血霞の盾で防がなければ、彼の首は胴とさよならしていたかも知れない。 巨大な霊圧のぶつかり合いに、副官会議室が見るも無惨な姿。 が、その場に居たのは腐っても隊長・副隊長格。 大事に至る前に避難だ。 「なあんで一護ちゃんは、卍解出来るのに隊長にならへんの?」 「あれだよ。昔話で、青年に助けられた鶴が、娘の姿になって機織りするっていう」 「それやと、正体見破られたらあかんやないの」 「例えだ」 つまりは、拾ってくれた恩返し。 二人の間に男女の情があるわけでもなし。 一人は少女の形をしていようとも二千は生き、一人はそれに相応しい形をしている。 隊主室に向かうはずだった翁が、跡形もなく消え去った建物を見て一言。 「どういうことじゃ?」 「悪かった」 十二人の隊長達を一喝出来るほどの人物でも、この人ただ一人だけは頭が上がらない。 「…修繕費は俺の給料から引いてくれ。ついでにコイツのも」 浦原を指さした。 彼にも原因があるのだと(むしろ元凶だ) 「…これだから、おぬしのような人間に、一個隊は任せられんのう」 呆れかえった山本の声は、けれど何処か温かい。 家族の情に似た。 「おう、俺はずっとお前の副官でいるからな」 だから一護は嬉しくて、にっこり笑うと山本の傍へ寄った。 「隊長になれへんなら、ボクの副官やってええやんか!」 「そりゃ無理だ。俺はコイツだから副官になりたいわけ」 癇癪を起こした市丸を一瞥。 一護は少しばかり背の高い山本の肩に腕を回した。 「何です?ただの恩返しとは思えません。総隊長さんのこと、お好きなんですか?」 「そりゃあ好きだぜ? 今はそういう好きじゃねえけどな」 「…ってことは…」 「何千年も前の話だ。今はこんなジジィだけどな、昔はそれはもう、美男子で」 山本家の御曹司。 それに実力も目を見張るものがあったから、山本の周りはいつも女でいっぱいだった。 嘘お。 なんて半信半疑で(むしろほぼ疑って)聞いているけれど。 「ま、迫っても靡いちゃくれなかったけど」 その言葉に、その場にいた男共は停止した。 どうしても美男子な山本の姿は想像できない。 だが一護が言うのだからそうなのだろう。 「そんなことはどうでも良いんだ。お前ら、重國を困らせるんじゃねえ」 さっさと隊首会に行け、ととりあえず手短に京楽の背中を叩く。 容赦ない力だ。 蹲りたいのは山々だが、隊長という威厳を守るべく京楽は素知らぬ顔をした。 「…… 一番人を困らせておるのは、おぬしじゃがの」 ぼそ、と小さな声で。 卍解で破壊された隊舎を見やった山本の声は、一護の耳には届かなかった。 |
2006/10/22 |