花に微睡む

1.5 上弦の月


 縁側で二人仲良く眠る様は、まるで猫のようだと揶揄したのは目の前の男。
 気に食わない、とその翡翠が言葉よりも伝える。

 他の誰よりも少女に慕われた青年を、他の誰よりも少女を欲する男が許すはずもない。

「うら、はらさん?」

 多分一護もそのことを分かっていて。

 寝ぼけ眼をこすって、浦原の名を呼ぶ。
 乱れた霊圧が次第に収まっていくのが分かるからだ。

 拾い上げるように、否、花太郎の元から奪い取るように、浦原は音もなく近づき、一護を抱き上げる。
 小さく軽い身を抱きかかえるなんて容易いこと。

「一緒に出かけましょう」

 家の人には内緒ですよ。

 つまり花太郎に口止め、もとい裏工作をしろという。
 小さな風船を手渡し、一護の息が吹き込まれる。

「わ…っ」

 現れたのは一護と一寸も違わない、小さな少女。
 男の義骸技術の結晶だ。
 ぽい、と小さなキャンディが一粒、人形の口へ。
 一護の容貌によく似た少女は瞬きし、まるで生きているように息をする。

「留守中はお任せ下さいませ、一護さん」

 現世の門をくぐる一護の後ろ姿に、花太郎は平伏した。



 *



 ひらひら。
 地獄蝶は美しい漆黒に羽ばたく。

 浦原の腕に抱かれながら、一護は手を差し伸べる。

 急に、辺りが明るくなって。
 次の瞬間には、違う世界だ。

「現世、」

 霊子を集めて、浦原は宙に立つ。
 一護は下界を見下ろして、初めての世界を眺めた。
 一護も自分の足で、その世界を踏みしめる。

「来るのは初めてですか?」
「ああ」
「それは良かった」

 やたらと浦原は、一護の初めてを喜ぶ癖がある。
 何故かと問うてみれば、男というものはそういう生き物なのだ、と告げた。

「何処か行きたいところはありますか?」

 その声に一護は顔を上げる。
 迷うことなくその言葉を告げた。

「………、に」

 浦原の目が見開かれて、吐息が漏れた。

「お手をどうぞ。アタシの姫君」

 一護は小さな手を、浦原の大きな手に重ねた。
 そのまま抱き込まれて、急降下。

 あっという間に地面が見えた。



 *



 少し古びた一軒家。
 若い夫婦の新居とするには少しだけ似合わない。
 呼び鈴を鳴らす。

「はあい」

 若い女性の声がした。

「どちらさま?」
「浦原喜助と申します」

 向こう側で息を飲む音がする。
 数秒、いや数十秒後。

 扉はゆっくりと、けれど完全には開かれない。

「何の用だ?」

 太い声が、こちらを伺う。
 浦原はふっ、と笑う。

「開けて貰えませんかねえ?」
「何の用だ?十二番隊長さんよ」
「いいえ。アタシは浦原喜助ですよ」

 つまり、護廷の使いではないと言う。
 ゆっくりと扉が開く。

「ッ」

 男の目に、浦原の姿はない。
 小さな少女だけが、彼の網膜を焼け焦がすのだ。

「一護か!?」

 男は一護の姿を見たことはない。
 それでも言い当てられるのは、その血を分け合った親と子という関係だから?

 一護の震えが、抱き締める腕から伝わる。
 浦原はそっとその腕を放した。

「父さん。……母さん」

 男の脇から様子をうかがう美しい女性は息を飲んだまま。
 しかしその目を一護から反らそうとはしない。

「一護ッ」

 母の腕が、実体のない一護を包み隠す。
 初めてこの腕に抱く我が子を、二度と離すまいと。

「今日は、娘さんをお嫁に貰うことを報告しに来たんスよ、一心さん」
「何ッ?!」
 
 母子の抱擁を、横目で見やり浦原は笑う。
 それに一護の父が、一心が噛みつくのも想定内だ。

 どうやら彼は相当の親ばからしい。

「ぺぺっ!誰がお前にやるか!」
「と言われましても、結納も済ませていましてねえ」

 実際に結婚するのは一護が統学院を卒業した後なわけだが、そのことはあえて伏せる。

「幾つ年が離れてると思ってんだ!このロリコン!」
「一護さん限定ですから、幼児趣味にはほど遠いと思いますよ」
「一護さん、だとぉ?世界の誰もが許したとしてもこの俺が許さん!」

 浴びせられる罵声を少し鬱陶しそうにしてやれば、一心はさらに怒りを爆発させる。
 まあ気持ちは分からないでもないが。

 許可を求めに来たわけではない。あくまでも、報告なのだ。

「ちょっとアナタ。五月蠅いわよ」

 一護を未だ離そうとしない妻に窘められるまで、一心の怒号は続いたのだ。



2006/09/27