花に微睡む

1. 陥落戦略


 四大貴族にも負けぬ、分家とはいえ王族の血統を引く浦原家の嫡男坊に婚約者。
 それは何処の姫君かと思えば、どうやら中流貴族出に過ぎぬ娘だという。
 けれど王族より降嫁した母を持つというのなら話は別。

「さあ?アタシもお会いしたことありませんし」

 第一まだ、10になったばかりの娘だと。
 初潮も迎えていないような、子供に過ぎない。

「おかげでロリコン疑惑が護廷内に流れちゃって」

 口を動かすのと同時に、動かす手は止まらない。

「まあ今週会う予定ではあるんですけど。どうもねえ」

 それで自分の考えが変わるとは思えない。
 下手をすれば自分の娘であっても変わらぬような齢だ。

「三つ指をついて夫の帰りを待つような妻をほしがった覚えは、一つもないんですから」

 怪しげな色の、怪しげな液体で満たす試験管は、同意して、こぽりと泡を一つ立てた。



 *



 中流貴族には似つかわしい屋敷だ。
 それもそのはず。
 ここは婚約者殿の実家ではなく、彼女を後見する中流貴族なんて足下にも及ばぬ貴族様のお屋敷。

 てっきり客間に通されるかと思ったけれど、どうやら女中が導く先はそうでもないらしい。

「浦原様。こちらへ」

 色とりどりの花が咲く庭。
 その中で一番、真っ白な李の花に近い縁側に。
 周りの花にも負けぬ鮮やかな、まるで太陽のような少女がこちらに背を向けて佇んでいる。

「一護様。浦原様がいらっしゃいました」

 この屋敷で最も尊き身。

「一護さん」

 脇に控える青年が、少女の肩に触れる。

「花太郎?」
「お客様ですよ」

 花太郎の呼び声に、少女が振り向く。
 春の花にも負けぬ、瞳を持ってこちらを見やる。

「誰?」

 今日客が来るとか。
 その客が誰で、どういった目的で来るか、とか。

 知らされずにいるのか、それとも記憶にないのか。

「…浦原喜助で御座います。黒崎一護様」

 かしずいた浦原は一護の手を取り、まるで何処かの騎士のように。
 恭しい仕草で、手の甲にキスをする。

「浦原、喜助?」

 聞き覚えもないのか。

「先日お話しした、一護さんの婚約者様、です」

 花太郎は一歩退いて、一護に告げる。
 大きな琥珀を瞬かせた少女は、見上げた。

「正式に、婚約を申し込みに参りました」

 顔色を一つも変えない。
 膝をついて、ようやく合わさる視線の先に一護を見据えて、浦原は一礼。

 下らぬと。
 所詮口約束に過ぎぬ婚約を破棄するつもりで来た。

「どうかお許しを。私の姫君」



2006/09/19