動作10題



01. 歩く (ギン一)


 右を出して。
 それから左を出す。
 手はあまり振らず。

 足だけをがむしゃらに動かした。

「足、ちっこいなあ」

 お前の足がでかいんだ、というより長いんだ。
 とは言わずに、黙って見上げた。

 すらりとした体躯の。
 長身であると共に足も長い。

 だから歩幅が違う。
 一歩歩くたびに、1.5歩くらい歩かないといけない。
 だから足だけをがむしゃらに動かして、追いつこうと。

 時に意地悪で歩く速度が上がって。

「!」

 それでも「待て」や「ゆっくり歩いてくれ」なんて、絶対に言わない。
 途中で待ってくれたり歩幅に合わせて歩いてくれる、なんてしてくれない。

 早足になって。
 時には小走りになって。
 息を切らしてでも。

「やぁめた」

 前を見ていなかったせいで、ぶつかる。
 そう高くはない鼻を打ち付けてしまった。
 地味に痛い。

「あんま早う歩いたら、一護ちゃんの顔が見られへん」

 赤くなっているだろう鼻を、これまた細い指先で触れられた。
 痛いの痛いの飛んでいけ。

「…バカか」

 今度はゆっくり。
 ぐずる子供のように。

「そりゃ遅すぎだ!」

 道を程なく行って、いつまでもやって来ないから振り向く。
 くすくす、と笑い声を立てている。

「抱っこして、歩いたろうか?」

 いつの間にか吐息が耳元に届くほどの距離にいた。
 白んだ目で見つめてやれば、元々細い目がもっと細くなる。

 残念やなあ、と声。




02. またぐ (浦一)


 もう少し下の方。
 そう言われて、手を伸ばす。

 はあ、と息が聞こえる。

「…あ…っ」

 気持ちいい、と零れた息が。
 それが頬を掠めるたび、熱いな、と。

「…そう…上手…」

 うっとりと微睡んでくる。
 くすんだ緑の瞳が、揺れていた。

「、ん…」

 跨ぐ身体は大きい。
 触れる場所から熱が伝わる。
 揺さぶられる。

「…っ痛いッスよ…」

 それでも恍惚の表情。
 手が伸ばされる。
 頬に触れる。

「一護さん…優しくして…」

 落とした腰を動かして。
 その両腕に力を入れた。

 と。 

「真っ昼間から不埒な声をあげおって!」

 乱入者。
 驚いて振り向いた、大きな音を立てて開かれた襖の先には。

「だって気持ちいいんですもの」

 突然引き寄せられる。
 胸に倒れ込んだ。
 押しつけられてた先は煙草の匂い。

「ふん。どうせ一護に致してもらえぬから、按摩で我慢しておるのであろう」
「それは追々して貰います。第一夜一さんなんて、按摩だってして貰ったことないでしょ」

 しっぽは苛立たしげに床を打っている。
 にんまりと笑う手が、背中に触れた。

 舌打ちが聞こえて気配が無くなる。

「ねえ」

 なで回してくる手の動きは、卑猥だ。
 シャツの裾に入り込んでくる。

「代わりに今度はアタシが気持ちよくしてあげる」

 手で突っ張ってみたけれどもう遅い。
 身体は、腕の中。
 視界が反転する。

 跨ぐのは果たしてどちら。




03. 背伸び (花一 / 「花に微睡む」より)


 両眉を下げている。
 情けないな、と思うけれど、この表情が好きだった。
 優しい、優しい。

「こんにゃく」

 それは熱量0の食べ物。

「婚約です」

 ボケてみただけだ。
 知らずしかめ面になっていると、注意をされた。
 眉を下げて、情けない顔をして、怒る。
 迫力はないけれど、威力はある。

「んで、俺に婚約者がいるってのは分かったけどさ。その婚約者様が何の用なんだ」

 どうやら相手は上流貴族らしい。
 不幸だな、と思う。

 どちらが。

「婚約者であられる浦原喜助さまが、来週いらっしゃいますから」

 だから、何だ。
 会ってどうしようというのだ。

「ふうん」

 それも顔に出した。
 また注意される。

「…花は何とも思わないのか」

 好きでもない男と結婚する。
 そんなこと、どうでもいい。
 貴族として生まれ、そして直系の王族の血を引く娘として生まれた以上、仕方のないこと。

「…一護さん」

 この箱庭から連れ去って。
 一緒に逃げてくれればいいのに。

 そんな甲斐性、あるはずもない。
 情けない男。

 優しい、そして冷たい。
 好きになった人。

「!」

 しっかり着付けられた着物のたもとを引き。
 精一杯、つま先で立って。

「!?」

 届かぬ。
 どうしてこの背は足りぬ。
 だから唇は、重ね合わせることが出来ない。

 顎に口づけして。
 伸ばした背を戻し、胸に頭を押しつけた。

 精一杯、届くように背伸びをする。
 子供の我が儘を許して欲しい。




04. 髪をほどく (恋一*)


 燃える灼熱を目の前に、息を飲んだ。
 夕陽よりも赤く。
 血よりも赤く。

「…一護」

 躯の上で燃える炎。
 この身を焦がす。

「れん、じ」

 赤く染まる。

「あっ…う…」

 滾る獣が押し入る。
 焼けるように熱い。

 そんな泣きそうな顔をするな。
 互いの炎に燻られる。

「は…っ」

 息を吐く。
 そうすれば力が抜ける。
 籠もる熱を逃がしたくて、手を伸ばした。

 焼ける。
 世界で一番美しい炎の中に手を伸ばす。

「れんじ…」

 指先に触れる、堅い紐。
 がむしゃらにそれを引いた。

 目の前には炎。

 そしてその緋に灼かれる。




05. 叩く (浦一)


 人を失って空いた隙間を。
 埋めるための欠片は人でなくてはならない。

 形は違えども。
 押し込めれば何とかはいる。

 いつか決壊して、溢れ出してしまうものだけれど。

「アンタじゃなくても良かったんだ」

 近くにいたから。
 その隙間に入ってきただけで。

「アタシを好きって言ったのも?」
「つなぎ止めるには十分な台詞だろ?」

 乾いた音を遠くで聞いた。

 重い目を瞬きさせて。
 場違いにも、この睫毛がなければ多少はこの瞼は軽かっただろうか、なんて。

 頬を打った手は。
 赤く腫れた頬に触れようとして伸ばされて。
 触れられなくて。

 下ろされるのを視界の隅で見つける。

「… どうして、泣きそうな顔をするんですか」

 泣きそうな顔で告げられて。
 視界が歪むのが分かった。

 打たれた頬の熱に身を焼かれそうだ。

「俺はアンタなんて愛してない」

 ああ、心も鈍く痛む。

「利用しただけだよ。ルキアを助けるために、アンタの力を利用したんだ」

 酷い女と詰って欲しい。
 許さないで欲しい。
 この頬の痛みは、人を傷つける代償なのか。
 安いものだ。

 これが、一生忘れられない、傷を残すための対価ならば。

「さよなら、浦原喜助」

 この胸の痛みすら、安い。


2007/02/24