動作10題



06. 手を繋ぐ (浦一 / 「蜂蜜色の子猫」より)


 奇術のようだ。
 しかし幻ではない。

 あの白くて大きな手。
 時には頭を撫で、抱き締める手。

 その手を小さな手で包み込む。
 この手から生み出される、たくさんのもの。

 この手に触れられることで、幸せになる。

「あの…?」

 上からは声。
 黙れ、という代わりに耳を立てる。

 柔らかくはないが、堅くもない。
 骨張っている指先。

「そんなにアタシの手が好き?」

 もう片手が髪をかき乱してくる。

「別に」

 見破られているのが癪で、手を離す。
 頭の手をどけろ、と打ち払う。

「酷いなあ。アタシは一護の手好きですよ」

 手を取られた。
 包み込むほど、大きな手。

 指が絡む。

「小さくて可愛い」

 守ってあげる。

 嬉しくて、顔を弛めた。




07. 唇にキス (浦一)


 部屋に入ったなり、痛くないよう、それでも力の限り抱き締めてきて。

 そのまま畳の上に押し倒された。
 ぱさりと音を立てて、縞模様の帽子が落ちる。

「っ」

 舌で唇を撫でられて。
 思わず息を詰めた。

「うら…っ」

 猫のように舐めてくる。
 唇とその周りが唾液で濡れる。

「一護さん」

 熱い吐息が口に掛かる。
 力一杯閉じていた目を、薄々開ける。

「キスしましょ」

 翡翠の目に捕らわれて。
 今度は唇が触れる。

「ん…」

 ただふれあうだけ。
 角度を変えて何度も何度も。

「舌、出してください」
「、んあ」

 舌先が歯列をなぞる。
 言われるがままに食いしばっていた口を弛める。
 それから舌先を。

「ふ…あ…」

 絡めるのではなく、舌が突いてくる。
 口を閉じるわけにもいかなくて、顎から唾液が溢れた。

 水音が恥ずかしい。

 唇も。
 舌も。

 立派な性感帯で。

 舌が痺れた頃にやっと、口から出ていった。
 涙で重たくなった目を開く。

「やらしい顔」

 涙を拭われる、その感触にも目を閉じる。

「キスだけでこんなに乱れるなんて」
「…っ」

 顔が熱い。

「お前、な!」

 息が上がっているせいで、上手く言葉が繋げない。
 はいはい、と諫めるような声。

「一護さんはキスが好きですよね」

 押し倒されていた身を起こされるとき、そう言われて。
 恥ずかしくて頭に血が上った。
 突き出した手は簡単に受け止められる。

「アタシも一護さんとのキス、好きですよ。赤く熟れた唇も、熱く濡れた舌も、それからうっとりとした顔も」
「ッ 殺す!」

 今度は足を蹴り上げて。
 それでもやっぱり易々と止められる。
 素足の指先に、ちゅ、と音を立てて。

「そんな顔で言われても説得力ないですよ」

 そんな顔をした覚えなんて。
 怒りではない理由で顔が赤くなる。
 だから必死で隠したくて、手の甲を唇に押しつける。
 唾液まみれでべたべただ。

「アタシとのキス、好き?」

 押さえていた手を取られて。
 掴まれていた足は下ろされた。

 顔が近い。
 唇が触れそうな距離で囁かれて、吐息が掛かる。

「…… 好き」

 唇だけで、吐息で伝えて。
 目の前の、薄い唇に押しつけた。




08. 額をあわせる (浦一 / 「蜂蜜色の子猫」より)


 ぽかぽかする。
 日だまりの中にいるようだった。

 縁側に寝転がる。
 ふと顔を上げれば、視界に入るのは大好きな人。

「喜助」

 周囲は決して静かではない。
 今日は週の真ん中。
 辺りは慌ただしく、死覇装を纏った多くの人間が入れ替わり立ち替わり。

「どうしました?」

 珍しく、仕事をしている。
 珍しいと思うのは主観。
 ただつまらないと思う。

「何でもない」

 寂しい。
 辺りは騒がしいほどなのに、心に穴が開いたようだと思った。

「喜助」

 何でもないなんて嘘。

「いらっしゃいな」

 垂れ気味の目尻がより一層。
 翡翠が細められる。
 優しい月のようだと言ったら、太陽のようだと言われた。

 太陽はぎらぎらして、熱い。

 匂いが好きだ。
 胸に顔を埋めたときの、煙草の匂い。
 決して柔らかくはないあぐらの上に乗りあげる。

 この時は、身体が小さくて良かったと思う。
 安定して、抱きつくことが出来るから。

「……ちょっと熱、あるね」

 冷たい額が、熱い額に触れた。
 思いの外気持ちよくて、すり寄せる。

「辛い?」

 首を振った。
 だってこうしているだけで、空しさが無くなるから。

「…おでこ、もっとして」




09. 抱きつく (浦一)


 腕を腰に回しても届かぬ。
 細身なのに自分とは違う骨格。
 柔らかくもなく。

 うっすらとついた筋肉とも違う。
 鍛え上げられた薄く厚い腹筋を腕越しに感じた。

「一護さん?」

 何でもない。
 かぶりを振って。

 いつもよりは穏やかな。
 けれど大きな脈動が背中から伝わっているだろうか。

「ムカつく」
「へ…?」

 おそらく間抜けな表情をしているのだろう。
 背筋を伸ばして、漸く触れられる頬に頭を預ける。

「いつもヘラヘラしてるくせに」

 理解できない、という顔がこちらを向いて。
 腰に回した手を弛めたら、思いの外、強い力で引かれる。

「一護さんの前だけ、情けない男になれるんですよ」

 これが普段のアタシ。
 そう告げられて、引かれた手も大人しく。
 その背中に頬を押しつける。

「普通逆じゃねえ?」
「アタシの全てを愛して欲しい」

 愛している。
 告げてはやらない。

 代わりに、しがみつくその腕の力を込め。
 その背中に届くよう、熱い息をついた。




10. すがる (?×一*)


 快感というものは。

「…っ、ぁあ」

 海に似ている。
 誰かがそう言った。

 時に春の海のように、穏やかに。
 時に夏の海のように、眩しく。
 時に秋の海のように、熱を帯び。
 時に冬の海のように、激しい。

 海のようだ。

「…っは、」

 詰める息を隠すように、口付けられる。
 こちらは息も絶え絶え。
 酸素を求める魚。

「ひぁ、あ…」

 がり、と嫌な音。
 それすら隠す、卑猥な水音。

 情事のあとは、いつも爪と指の肉の間に、血がこびりついている。
 傷つけてしまうから、服を着て欲しいと思う、熱を共有したいから、裸で居て欲しいと思う。
 そんな余裕なんてない。

「っあ、ん」

 穿つ熱が、腰を打つ。
 苦しい。
 気持ちが良い。

 この激しい波に浚われたくなくて、必死にすがる。

「、ああ…っ!」

 その後は、穏やかに。
 まるで母の腹の中にいるように。
 たゆたう波だ。



2007/02/27